西光寺について

 慶長9年(1604年)に西光寺は大阪市東区博労町4丁目に浄土真宗本願寺派寺院として(現在の中央区)建立されたと記録されており、当時、大阪の商売の中心地の一つである船場にて商いを営む方々の心のより所として大正時代の地図には当時の難波神社裏に位置しました。
 時を経て、当時、大阪市市長 関一氏の掛け声のもとに行われた大阪の中心部に流れる大動脈御堂筋の拡幅工事に伴い移転を余儀なくされ、昭和10年現在の阿倍野区へ移転してまいりました。在りし日の木造建築の本堂は永平寺、長野善光寺等の彫刻を手がけた高名な彫刻家志村流張氏によって全彫刻が手がけられ、大阪市内でもこれほどの彫刻が施された寺院はないと多くの方々の賞賛を頂戴しましたが、防災対策並びに老朽化に伴いやむなく2009年8月解体となりましたが当時の面影を写真にてご覧いただけることであります。
 そして、2015年3月21日に皆様のご理解とご協力により新本堂落慶法要を無事迎える事ができ感謝の気持ちでいっぱいでございます。改めまして厚く御礼申し上げます。
 新たな西光寺 新本堂は靴のままお入り頂けるよう設計されておりバギーやベビーカーも段差なくご参拝いただけます。どうぞ家族葬等のご葬儀、仏前結婚式、ご法事等にご利用下さいませ。

御本尊

建 立
慶長9年(1604年)
宗名及び宗派
浄土真宗・浄土真宗本願寺派
本 山
本願寺(西本願寺)
山号及び寺号
照護山 西光寺
本 尊
阿弥陀如来

お寺への思い

 我々が持つ悩みを少しでも軽くするために最近では僧侶が色々な本を書き皆様に読まれています。本来僧侶はいったい何をする人でしょうか?考えてみるとあのお堂の中にいたり、法衣を着るから皆さんに僧侶だと分かってもらえることはいうまでもありません。
自分自身を振り返ると残念ながら悩みを解決するために皆様と本当にゆっくりお話しをさせていただいているか?というとできていません。もちろん話をするばかりがということでもありません。
しかし、今、寺離れが起きている中で私にとって僧侶とは何なのかを改めて考えながら、皆様に必要とされる「寺」づくりをしていきたいと思います。

住職氏名  秦 卓宏

1971年大阪市生まれ。
カリフォルニア州立大学卒業後、凸版印刷入社。
ユナイテッド航空にて客室乗務員として勤務の後、
建立400余年、代々住職を務める浄土真宗本願寺派寺院、照護山西光寺にて第20代目の住職として、伝統を大切にしながら今までの枠にとらわれない寺としての布教活動を目指しています。

住職 秦

西光寺について

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